2018年おわり
2018年最後の日記になります。だって明日はカウントダウンライブだからね。
振り返りは半月前に散々やったから近況だけ。
昨日メンタルクリニックというものに初めて足を運んだ。なんかもう生きられる気がしないからね。
なあに喋っていいかさっぱりわかんなかった。他人とのコミュニケーションがうまくいかないんです、とかそんなことしか言えなかったし、医者が「もっと話題を見つけるために世界について興味持ってみたら」とか俺でも言えるクソくだらねえアドバイスよこしやがって何しに行ったんだ感すごい。
なんだ、生きるのがつらいんですとか言えばよかったのかな? ばかみたいじゃん?
病名が欲しいのかもしれない。病気だからしょうがないとか言い訳がしたいわけではなくって、病気であれば治療方法がある気がするから。ただの甘えと断罪されたら立ち向かえる気がしないよ。
五体満足で衣食住にも困ってなくて、それでつらいとか甘え以外のなんなのって気もしてくるけれど。
やめたいところでやめてはいけないのかなあ。結構キリがいいと思うんだけれど。
まぁ、死にたくはないのだけれど。できれば。
気になってた子とはおかしなことになった。まじでもうなんなんだ(自業自得だ)。だってだってと言い訳するのは勝手だけれどつらくなるのはオメーだからな。実際つらいんじゃ。
むかし付き合ってた人、不感症じゃなかったみたい(まじウケる)、なにか目覚めさせちゃったみたい(まじウケる)、なんでこうなんだろね(まじウケる)。
なんかもうわけわかんないしウケる
なんかもうわけわかんないしウケる。
昨日は勤め先の忘年会で、それなりにおいしいお酒をいただくことができた。みんながみんないいひとだなあと思ってしまう。
みんないいひとだし、みんなデキる。だから正直、すこししんどい。自分にはなんのとりえもないように思えてしまう。仕事にしてもそうだし、そのほかの面についてもそう。
たとえば仕事。最近まで下について働いていた人は、(形の上だけならば)同期だ。その人のほうが早くから研修をしていたりだとか、自分より1年長くいまの勤め先で働いている、というのは確かにある。しかし、それでも根本的な能力の差みたいなものを感じてしまう。勉強、あるのみなんだけれどね。
たとえばコミュニケーション能力。やっぱりおれはコミュ障だ。コミュ障という言葉には広義と狭義の意味があると思う。前者はそのままの意味でコミュニケーションに障害がある人。場の空気をわからずに喋ってしまうだとか、そもそもの意思疎通が困難である人。後者は、人と仲良くなることが苦手な人。意思疎通というレベルでは問題ないけれど、それ以上に踏み込んだコミュニケーションが苦手な人。自分は後者だ。とにかく人と仲良くなるのが苦手。うわべだけの付き合い以上に進むことができない。
単純に話してて面白くないんだろうな、という自覚がある。こないだなんて、「面白い話なにかないの?」と聞かれ、なにも出てこなかった。「26年生きていて面白い話のひとつもないのか」と言われ、その通りすぎてつらかった。そんなことおれがいちばん思ってるよ。
話していて楽しませることができなければそりゃ気に入ってなんかもらえないよなって思う。悲しいな。どんな関係においても好意だけではなんにもならないらしい。
たぶん自分にとって、仕事上で関わるひとたちとの会話って、楽しむためのそれではないのだと思う。沈黙は気まずいからとにかく手あたり次第話題を振って、というようなことはよくやる。だから面白くもない世間話になってしまうのだと思う。
人と話すことが嫌いなのかと言われると、そんなことはない。好きだ。では何故職場のひとたちとの会話を楽しめないのか。思うに、楽しむ会話をする態度の自分が、あまりに幼いからだ。本当に精神年齢低い。そんな状態で人と会話しようものなら、絶対失言をする。それは絶対避けたい。そうなるとおのずと何も言えなくなっていく。
精神年齢がとても低いのは本当にどうにかならないものだろうか。きっとACなんだろうな、とはうすうす感じている。治るものなのだろうか?
しかし、こう言葉にしてみるとすべてただの恐怖なんだなってことに気づく。
失いたくない。得たい。
うまくいかない。
タイトルから大きく外れてしまった。
忘年会のあと、勢いで昔付き合ってたひとのところへいった。そうしたら、そのひとのバイト先のひとたちと飲んでいるところにお邪魔することになった。そのあとそのままそのひとの家にみんなで泊まることになって。
噂を何度か聞いていた女の子と話をすることができてよかった。かわいい子だった。みんなになついていくから、こらモテるやろなあって思った。
その人とすこしだけ指を結んで眠った。なんかしあわせだった。
起きたらだれかとがっつり手が繋がってるからその女の子と手を繋げたのかと思って見やったら付き合ってたひとだった。がっかりした。ウケました。
26
つい先日26歳になりました。
25歳の1年は目まぐるしすぎたな、よく思い出せない。
去年の今頃は仕事辞めたいの一辺倒だった気がする。毎日11時帰りで、とてもキツかった、気がする。でもまぁ、ゆるっとしあわせだった。誕生日にもらったゴッツいコートは今もまだ着ている、もらったリュックもまだ使っている、もらった手編みのマフラーはちょっともう使えそうにないかな。
3月でどぎつかった現場を抜けて。抜けるって言いだしたのは自分だったのに、悲しくなったし、寂しくなった。なんなんだろうね。あの現場は、とてもシビアだったけれど、仕事の進め方は合理的だったと思うし、いまでもそのやり方が自分のなかの根本になっていると思う。資料を作るときはそこで使っていた資料をひな型として作ったりしている。好きだったんだろうな。自分がついていけなかっただけで。
4月は落ち着いた環境でゆっくり勉強させてもらった。
5月、新しい仕事場に参画させてもらった。
バイトをしている時からずっと思っているのだけれど、自分は仕事場の人間関係にはいつも恵まれているなと思う。嫌いな人というものがいたことがなかったように思える。みんないいひとなんだ。それは今にいたってまでもそう。
この頃から、好きだった人との関係に歪みが露呈し始めた。(当時のおれはおかしくなってきたって思っていたけれど、見て見ぬふりをしてきただけで、もっと前からずっとおかしかったんだ)
6月に終わる。
大変だったな。いろんなひとの前で泣いた。現場の上司の前で泣き、社長を呼びつけて泣き、両親にもう孫見せられそうもないと泣き……今考えるととち狂ってるとしか思えねえーな。
職場の人、みんないいひとだったから、仕事は失わずに済んだ。仕事内容も、前年度までの地獄に比べれば児戯みたいなもんだったし。
抜けた現場がどぎつかったから、新しい現場ではそこまで苦労しなかったんだと思うんだけれど、好きだった人との関係がおかしくなっちゃっていった原因の一端はその時の仕事のどぎつさにもあった気がするから、なんか複雑な気持ちが消えない。
いろんな人にぶちまけまくったのが7月だったかな。
8月、おれの人生ってこんなこともあるんや……ってウケた。
終わってからの日々については、誰かに会ったことくらいの記憶しかない。
9月……誰かに会ったような気がする。
9月末日で、5月からお世話になっていた現場から退場することになった。今回はきちんと契約満了で、円満な終わり方。よかったね。最後の日はやっぱり寂しくなった。
10月から新しい現場。まったくやったことのない分野での仕事だったので、多分に不安であったけれど、2か月経った今まではどうにかこうにかやってこれている。職場の人たちには恵まれるというジンクスはまだ生きていてくれているみたい。
10月からは変わろうと躍起になっていた。25年間かけていたメガネを外して
コンタクトにした。デコが広くてみっともないので髪形をなんとかしようとした。なんとかなってねえんだけど!
「これが自分と向き合うことなんですかねえ」って、躍起になりながら思った。25年間ほっぽらかしていた自分が報いをよこしているんだなって思う。あの人からの別れの言葉も「自分と向き合ってね」だった。
向き合えば向き合うほどきつい。自分ががらくたにしか思えなくなっていく。
でも諦めたくありません。
先日「ジョゼと虎と魚たち」という映画を観た。以下はこの映画のセリフ。
"けど、もううちはあそこには戻れへんのやろ。いずれあんたを失ったらころころころころ、海の中を貝のように転がるんやろ"
よく「このタイミングでなんでこんなクリティカルなものにであってしまうんだ」って思うことがあるのだけれど、今回もまさにそれ。なんか、とても救われてしまった。救われてしまったんだよなあ。
この記事で言いたいことはただひとつ。「ジョゼと虎と魚たち」観て。
こうやって掘っていくのか
恥と外聞は置いて来た……この戦いについてこられそうにないからな。
久々に長々とマイクを握っていた。昨日も、映画から受けた熱の吐き出し先に困って小一時間ほど歌っていたから、大丈夫か喉の調子、と危惧していたけれど、逆に驚くくらいの好調ぶりであった。やはりのど飴はつよいな。
上手いと言われるといい気になってしまうな。歌くらいだもんなぁ、定期的にしてるの。今日は本当に妙な調子の良さで、まだ伸び代を感じることができた。サカナクションの「ミュージック」をフルで歌いきれるようになるのが当面の目標かなぁ。
始めてシーシャのお店にいった、お店がだいぶ不穏な感じで、トウキョー怖ってなった。煙草より深く吸うせいで、酸欠でわけわからなくなりそうだったので程々にしました。カップルできていちゃついてる奴らばっかだったので思い出からいいストレートもらって首を折りました。
煙に巻いてばかりだ、こんなんじゃあ。
めがね越しの世界はやっぱりちょっとおかしかった
酔っ払いです。飲みながら歌うのは最高だなと思いました。
今日は「打ち上げ花火、横から見るか? 下から見るか?」を観て来た。原作は大好きな岩井俊二だからあんまり心配していなかったけれど、シャフトがあんまり好きじゃないからそこらへんは不安だった。でもこの作品はシャフトだった。シャフトでやって正解の作品だったと思う。
いや、最高でした、久しぶりに大好きな作品になった。なずなちゃんちょ〜〜〜〜可愛い。ああいう女の子いるんだよなぁって、ひとりでぶっ刺されていた。ほんと、ほんとうによかった。なにがよかったのかいまいち言葉にできないのでもう一回観に行こうと思うよ。
想像の余地って素敵だなって初めて思った。
ただ、観に行った感想としては、ひとりで観たかったなぁと。珍しく人といったんだけど、観た後なにも喋りたくなかった。「よかったねー」とか言い合いたくなかった。事実観終わった直後は放心していた。あの映画を観た後伸びた爪をぱちぱち切るように喋れる人の気持ちがわからない。恋っていいなって思ってしまってなかなか恥ずかしい。
よい映画を観た後って背筋が伸びる。しゃんと歩ける。この感覚も久しぶり。生きていたいって思った。
生まれて初めて目にレンズを入れて歩いた。普段しているめがねが強過ぎて、ものが縮小表示されていたみたい、コンタクトにしたらすべてのものが一回り大きくなって面白い。
めがねをとった自分の顔をしっかりとみられるのなんてわりと初めての経験で、見てみた感想としては、酷い顔面だけど悪くない眼をしているなと思いました。昔から眼は綺麗と言われてた理由がわかった。
外見は酷いけど臆せず生きていきたい。こんなナリでも受け入れていた人がいたのだから。
今日は早く寝なくちゃ。コンタクトレンズはめるのに手間取りそうだからね。
それはそうだけど
酔っ払いです。今日は会社の飲み会だった。品川のビルディングはおしゃれでびっくりした。
段々開き直れてると思う。今日は怖がらずいっぱいしゃべったよ。自分から話しかけもした。この調子だと思いたい。
もっとオープンでありたいんだよ。閉めてたってなんにもならない。誰も入ってこないしなにも見えない。あなたを知りたい、人生が旅ならば旅の恥はかき捨てであると思いたい。
後悔しても傷ついても死ぬわけじゃあないんだよね。死ぬほど傷ついても死ななかったから。もう怖いものなんかないんだよ失うものなんかないんだよと自分に言い聞かせる日々だ、いつになったらわかってくれるのかなぁ。
じゅっこ上の後輩といっしょにはたらいているけど、どのくらい注意してあげたらいいのかわからない。その人のことは人間としてすきだから、その人のためを思うなら色々注意してあげるべきだと思うんだ。でも、ヘコまれたら嫌なんだよね。特に、自分自身が去年叱られて叱られて叱られて叱られて精神がベコベコになって仕事行けない手前にまでなってしまったから、そんな思いはさせたくない。でも叱られた内容は確かに自分の中に息づいていて、それに基づいて注意を促すのは絶対その人のためになると思うんだ、優しさって難しい。
思うんだけど優しくするって優しいことじゃないんだよね。
まだ眠れない
寂しいって感情の発生源がわからない。あなたから生まれているのか? 自分自身から生まれているのか? どちらにせよ救いようがないんだけれどね。
最近は意味のない夜更かしが続いている、愚かしいと思っているのにどうにもやめられない。布団の中で変な熱を持ってしまったところでどうしようもないのにね。まぁ全部良い音楽に酔い痴れてるせいだと言い訳してる。最近音楽が美味しすぎるんだ。きっと穴につめるものを欲してるからなんだろうけど。こんなふうなものの好き方、いい加減にやめたいのにな。
寝不足はいけないなと思った。意味もなく精神がバランスを欠く。情けない、感情をコントロールしたい。おとなになりたい。
勉強をしなくてはいけない。試験は二ヶ月後だ、なにもしていない。いいかげんこの仕事で一生を賄っていくと言う覚悟をしなくちゃ。去年の今頃なんてもうずっとやめたいやめたいだったけれど、環境が変わったらしれっとしている。現金なものだ。貯金でいつまでやっていけるかわからないし、現実に置いていかれる前にはやく加速をしなくてはいけないのだけれど。
人生のアクセルはどこにあるのだろう? 色んなスイッチとかレバーとかオンオフオンオフしてみたけれど、全然スピードが乗らない。
色んな人に会ってみるのもアクセルかな? と思ってやってみたことのひとつで、きっと正解なんだろうけれど、これがなかなか硬くてベタ踏みできない。男女問わず知り合いたいのだけれど、なかなか難しい、自分が臆病だと。色んな人を知りたい、色んな世界を見たい。
ここじゃないどこかに行きたいけれど、どこにあるのだろう? 知ってる場所で迷子になって、バカみたいね。